祈りとあの日のきらめく空と

初めての出産と、18トリソミーと診断された我が子あゆむのこと。           あゆむは2019.1.24にこの世に生まれ、そしてお空に帰っていきました。     地上で生きる天使ママの日記。

意味を探してラビリンス 『あなたがお空の上で決めてきたこと』(西田晋/永岡書店)

こんばんは、ナユリゼです。

 

こんな本を読みました。

 

『あなたがお空の上で決めてきたこと みことちゃんの物語』(西田晋/永岡書店)

あなたがお空の上で決めてきたこと

あなたがお空の上で決めてきたこと

  • 作者:西田 普
  • 発売日: 2019/01/15
  • メディア: 単行本
 

 

 

生まれてくる前や、お母さんのおなかの中にいた時の記憶、

いわゆる『胎内記憶』というものを持つこどもが時々いるそうです。

それらをもとにして、

10歳の女の子、みことちゃんを主人公とし、

わかりやすいストーリーにまとめたものが本書。

 

きれいな色のカラーページもあり、

可愛らしいイラスト付きですが、

そこそこボリュームもある一冊です。

 

今回のブログタイトルや感想はちょっと本書の内容とずれてる部分もあるのですが

読んでいて現在のわたしが感じたことを書いてみます。

 

 

 

 

まず、人は、この世に生きている限り、

色々なものに意味を求め、

意味なくしてはうまく生きていけない生物です。

その究極が

「なぜ生まれてきたの?」

という意味探しでしょう。

誰もが思春期なんかに一度は考えたことがあると思う。

でも、こんなこと考えるのって多くの生物の中でまさに人間だけだろう。

それは幸いなのか不幸なのか、

賢いのか愚かなのか。

 

 

わたしは様々な紆余曲折を経て、現在では

「生まれてきたことにそもそも意味なんてない」

と思っています。

そして、

「生まれた意味は結局死んだときにしか付けられない」

とも思っています。

 

けれども、人は「意味さえあれば耐えられる(ことも多い)」。

それでもとてもそんなの納得できない、

というような辛い日々が続く時だってあるわけで。

 

そういうときには、

本当にはっきりと自分の人生の意味が

しっかりはっきり目に見える明らかな形で自分の中にインプットされていて

自分でもそれを認識できていれば

本当に楽なのになあ~、

としみじみ感じます。

 

 

 

自分の大切な人を自分よりも先に亡くし、

なおかつそれに納得がいかない人間は、

「その大切なひとがこんなふうにこの世を去らざるを得なかった意味」

を必死で探すのです。

 

特に天使ママのように、

これからが人生のスタート、

という時点でこの世から離れてしまった子を持つ場合、

その子の「生まれてきた意味」

を藁にもすがる思いで探します。

なぜならその子の「人生」が見えないからです。

見えないことが受け入れられないからです。

許せないからです。

 

母親は

「新しい人生を産むため」

に妊娠期間を過ごします。

そうではない人も勿論いますが

「新しい人生」への期待感ってやはり相当なものです。

それに対する自分の人生への意味付けも相当なものです。

(※それゆえに、自分の叶わなかった人生を子供に叶えてもらおうと間違えてしまう人もいるのだと思うのですが)

 

 

けれども、

新しい人生が始まった途端にあゆむは人生を終えてしまいました。

 

 

 

わたしはそういう時期にこの本を買いました。

そしてたまたま他の本を読んだりしているうちに

今読むこととなったのですが、

そういう偶然も面白いな、と思う。

読書ってタイミングが大事なので。

 

 

わたしは本書の考え方を全部採用してしまうと辛い部分がある。

だから都合の良いところだけ採用(笑)

たぶん、お空で色々決めて、あゆむはわたしに会いに来てくれたし

帰っていった。

でも、わたしはどんな理由があろうとも、

あゆむが帰ってしまったことが辛いのです。嫌なのです。

あゆむがきっかけで

わたしが何か大きく変わって、より良い人間になって

良い方向に人生が転がったとしても

「あゆむがそうやって導くために生まれてくれたんだ」

とは思いたくないのです。

 

だってあゆむの「人生」は

ママを導くためのものじゃなく

あゆむのためのものなはず。

 

あゆむのための人生を

わたしは母として少しでも垣間見たかったよ。

 

 

 

それなりに生きているわたしは

自分がお空で決めてきたことを忘れちゃってるかも、

というか見えづらくなってるかも、

と感じる。

何も見えない、聞こえない、

という気分になることがあり、途方にくれます。

けれど

ともかく慌てず騒がず、静かにしてよう、と思う。

本書によると

状況により

「夢持ちさん」

「応援さん」

がいるらしい。

 

わたしはたぶん、

随分長いこと

「応援さん」

なんだろう、と思うことにしとく。

 

ずっと「応援さん」でも悪くはないしね。

 

 

 

 

みなさんの宝物が守られますように。